従来の手術、抗がん剤や放射線の標準療法に抵抗性を示す難治性悪性腫瘍に対して、新しい治療法の開発が望まれている。がんウイルス療法は感染した細胞内で増殖伝播しながらそれらを溶解死滅させるウイルス本来の性質をがん治療に利用する方法であり、世界中で臨床試験が行われている。このがんウイルス療法は、様々な作用機序によって腫瘍を攻撃できる利点があり、ウイルス増殖による直接的ながん細胞の溶解に加え、それに伴ってがん免疫応答が惹起され、全身に治療効果を及ぼす(図1)。これまで我々は、様々なウイルスを遺伝子組換え技術によって改良を加えることで、腫瘍のみを標的破壊する腫瘍溶解性ウイルス(がん治療用ウイルス)の開発に成功してきた。その中で特にワクシニアウイルスは、痘瘡ワクチンとして使われた歴史があり、様々な種類の腫瘍細胞に効率よく感染して腫瘍を溶解しながら、複数の外来遺伝子を搭載発現できるベクターとしも機能する。
ワクシニアウイルス増殖因子VGFとO1L遺伝子を欠失することによって、広範ながんにおいて見られるMAPK経路の活性化異常を指標にして腫瘍のみを標的破壊することや、免疫原性に関わるウイルス膜蛋白B5Rを部分的に欠失することによって、ワクシニアウイルスの元来持っている宿主免疫回避能を増強し、その腫瘍溶解能を損なうことなく中和抗体回避能を高めることに成功した(Molecular Therapy Oncolytics 14: 159-171, 2019)。さらに、2種類の免疫賦活化サイトカインIL12とIL7を搭載発現することによって、自然免疫と獲得免疫を活性化させ、既存のがん免疫療法で奏功しない腫瘍に対しても、抗腫瘍免疫を賦活化することを担がんモデルマウスにて実証した(Science Translational Medicine 12: eaax7992, 2020)。一方、がん治療用ワクシニアウイルスに対する感受性と耐性細胞を用いたマイクロアレイによる網羅的解析によって、ウイルスによる腫瘍溶解を正に制御するUCA1を同定した。UCA1は、卵巣癌、肺癌、大腸癌や胃癌など様々ながんで発現が亢進されているLong non-coding RNAであり、これまで予後不良マーカーとして報告されている。以上より、UCA1はがん治療用ワクシニアウイルスの抗がん効果を予測するバイオマーカーになり得る可能性を示した(Molecular Therapy Oncolytics 13: 35–48, 2019)。
そこで本研究開発では、これまでにはない4つの新しい技術、1)ウイルスの腫瘍溶解能の増強技術、2)ウイルスによるがん免疫応答惹起の最適化技術、3)バイオマーカーによる抗がん効果予測技術、および4)ウイルスの高生産法技術の確立と融合を通して、より高い抗がん効果を発揮する次世代がん治療用ワクシニアウイルスによる革新的がんウイルス療法の創出を目指している(図2)。


