これまでに多くの研究者が、遺伝性疾患の変異を修正して難治疾患を治療することを考えてきました。最近、新しいゲノム編集技術としてCRISPR/Casシステムが開発され、遺伝子編集効率は飛躍的に上昇しました。これにより、遺伝性難治疾患における遺伝子修正は、いよいよ現実的な治療手段として期待できるようになりました。
体外で遺伝子修正を行った細胞を体内に戻すex vivo遺伝子修正にせよ、体内で遺伝子修正を行うin vivo遺伝子修正にせよ、遺伝子修正による新たなリスクの発生を可能な限り避ける必要があります。目的外変異をもつ細胞を医療に用いた場合、患者は予測不能なリスクを負うことになります。残念ながら、CRISPR/Casを用いたゲノム編集では、目的外変異が多数発生すると指摘されています。ゲノム編集医療の実用化に向け、ゲノム編集法の安全性向上、すなわち、目的外変異の低減は、重要な研究課題であると考えられます。
ゲノム編集による目的外変異の発生源は、CRISPR/Casが発生させるDNA2本鎖切断、および遺伝子修正に使われる外来性DNAです。DNA2本鎖切断は高頻度に挿入・欠失変異(indel)を誘発し、外来性DNAはゲノムにランダムインテグレートすることにより変異を発生させます。ごく最近、これらのリスクを排除し、かつ、ゲノム編集効率を向上させたゲノム編集技術として、Base EditorやPrime Editorも開発されました。しかし、これらの技術で用いられるデアミナーゼやリバーストランスクリプターゼといった酵素が目的外変異をおこす恐れもあります。
これまでに我々は、目的外変異発生リスクを排除した高精度遺伝子修正法(SNGD法)の開発を進めてきました(Nakajima et al. Genome Res. 2018、特願2016-131382)。この手法では、DNA2本鎖切断を用いた従来法よりも高い効率で点変異・1ヌクレオチド挿入変異の修正を達成しました。また、CRISPR/CasによるDNA2本鎖切断を用いないため、オンターゲットにおけるindel変異発生を著しく抑制することに成功しています。さらに、複数の研究者により、SNGD法による効率的で正確な遺伝子編集がiPS細胞で達成可能であることが実証されています。
本研究開発課題では、遺伝子修正に成功した細胞における目的外変異発生を可能な限り抑制することを目指しています。DNA2本鎖切断によるindelがオフターゲットで発生せず、外来性DNAランダムインテグレートが発生せず、Cas9以外の酵素によるDNA・RNA変異の誘導を起こさず、そして、ゲノム編集ツールが細胞内に残留しない、という条件を満たす遺伝子修正法の開発に取り組んでいます。
本技術により、分化能を持つの細胞で正確に遺伝子修正が可能となれば、本技術がゲノム編集医療の発展に貢献することが期待されます。

本研究プロジェクトの長期的な目標は、患者由来細胞の遺伝子を安全性の高い手法で修正すること。そして、その細胞を遺伝性難治性疾患患者御自身の治療に用い、疾患の治癒または症状の軽減につなげることです。本研究開発期間においては、正確な遺伝子編集技術を確立し安全性の実証を行います。

従来法には高頻度におこる挿入・欠失変異発生という問題があります。BE、PEなどの新規開発されたゲノム編集法では、新たに用いる酵素によるオフターゲット変異といった弱点があります。本研究において、我々はこれらの弱点を克服することを目指しています。

チミジンキナーゼ変異細胞の遺伝子修正を実施し、遺伝子修正に成功した細胞がサルベージ経路によるDNA合成を回復し、細胞増殖している様子。培養液が黄色になったウェルでは細胞が増殖している。
