日米欧における遺伝子治療薬の承認の増加に伴い、遺伝子治療は大きな注目を浴び始めています。この成功を支えてきた一番大きな要因は、遺伝子導入(ベクター)技術の改良でした。近年は、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターが、in vivoでの安定な「遺伝子発現ベクター」として、また、ゲノム編集における遺伝子修復の際に鋳型DNAを導入する「ドナーベクター」として広く用いられています。一方、AAVベクターは導入できるDNAの大きさが比較的小さく(~4.8キロ塩基対)、遺伝子を発現するレベルも低いなどの制約があります。従来のゲノム編集ツールであるCRISPR/Cas9に加えて、染色体DNAを切断することなしに1塩基置換が可能なbase editorや、数十塩基にわたる遺伝子欠失や修復を可能とするprime editorなどの有望な技術が続々と開発されつつあります。しかし、これらはいずれもAAVベクターの容量に収まり切りません。従って、ゲノム編集を含む遺伝子治療をさらに広汎な疾患に適用するためには、AAVの欠点を補うことの出来る新たなベクター技術の開発が望まれます。
そこで本研究開発提案では、大きな遺伝子でも強発現が可能で、また、遺伝子修復のためのドナーベクターとしても効率良くサイズの大きなDNAを組み込める、dual usageが可能な画期的な新規ベクターの開発を目指します。さらに本提案では、この新規ベクターの可能性をより実際のヒトへの応用に近い条件で正確に検証するために、ヒト遺伝病モデル霊長類を用いたゲノム編集治療実験によって、治療効果や長期的な安全性について検討します。
これまでに私達は、第1世代のベクターを構築し、様々な大きさの発現カセットをヒト白血病細胞株並びにCD34陽性細胞で高い効率で導入・発現できることを示しました。また、ヒト白血病細胞株において、このベクターを用いて遺伝子修復のための鋳型DNAを導入して正確な相同組換え体が得られる頻度は、AAVを用いた場合と遜色がありませんでした。今後さらにこのベクターの改良を進め、研究開発実施期間終了時には、1) 数10 kb までの治療遺伝子や人工ヌクレアーゼを導入できる汎用性の高い「遺伝子発現ベクター」として用いることが出来て、2) ゲノム編集の遺伝子修復の際にも優れた「ドナーDNA導入ベクター」として応用が出来る、ベクター技術を確立します。本提案の標的疾患としては、比較的ヒトへの応用に向けてハードルが低いと考えられる血液系遺伝病の遺伝子修復治療に取り組みます。この新規ベクターによりゲノム編集技術そのものの効率を上げることによって、ゲノム編集治療の適用疾患を一気に拡大し、将来的にはよりハードルの高いin vivoの遺伝子修復治療へ展開する事が期待されます。さらに、開発の過程で導き出せる多様なベクターや産生細胞を含めた技術の企業導出を行います。


