近年、急速な進歩を続けている「がん免疫療法」ですが、この治療法は、外科手術、化学療法、放射線療法につぐ第4のがん治療法として非常に注目されています。2018年および2019年に、このがん免疫療法として世界中で話題になったことが2つありました。一つは京都大学特別教授・本庶佑先生がノーベル医学・生理学賞を受賞するきっかけになった「免疫チェックポイント阻害剤」であり、もうひとつは高額な治療費が話題になった新たな白血病治療薬である「キムリア」です。「免疫チェックポイント阻害剤」や「キムリア」はこれまでの治療法では効果のなかったがんに対して顕著な効果を示し、これまでのがん治療法に革命を起こしました。しかしこれらの治療法もすべてのがん患者に効果があるわけではなく、その高額な費用や副作用などの問題点も指摘されています。
キムリアは標的細胞を殺すことができるキラーT細胞の表面に抗体分子を発現させ、がん特異性をもたせたキメラ受容体(CAR-T)療法とよばれる治療法です。通常、がん細胞の表面で選択的な発現を示す抗原分子が標的として利用されます。がん細胞で発現する抗原分子には、がん細胞のみで発現する「がん抗原」やがん細胞と正常細胞で発現するものの、がん細胞で遥かに高い発現が観察される「がん関連抗原」が存在し、これまで数百種類以上の抗原が同定されています。しかし、がん抗原やがん関連抗原の大半は、細胞内でのみ発現を示し細胞表面に発現しないことから、細胞外から作用する治療用抗体の標的分子としては利用できないと考えられます。一方、T細胞受容体(TCR)は細胞内に発現する分子を認識できることから、細胞内に存在するがん分子を標的にすることが可能です。そこで、抗原特異的なT細胞受容体(TCR)療法を用いたTCR-T療法が注目され、研究が行われていますが、あまり進展していません。とりわけ日本人に多いHLA型に対応したTCR-T療法は開発が進んでいません。その主な理由としてTCRの結合力の弱さが考えられています。通常TCRの結合力は抗体に比べてずっと弱く、TCRを介してキラーT細胞を活性化することは簡単ではありません。
そのような状況下、我々はこれまで1個1個のB細胞から7日間という短期間に抗体遺伝子を取得する方法を開発し、抗体やCAR-Tの研究を行ってきました。同時に、この技術を応用し1個1個のT細胞から10日間で効率よくTCR遺伝子を取得する技術の開発を行い、多数のがん患者のがん細胞特異的TCRの解析を行ってきました。
本研究では、これまでの研究で開発した基盤技術を応用し、CAR-T療法とTCR-T療法の長所を活かしたハイブリット型T細胞の研究開発を行います。具体的にはCARにはがん特異性を持たせたまま、その効果を弱め、TCRのサポートを行うようにします。これによりTCRの標的特異性を維持したまま、その効果の増強が期待されます。一方、このハイブリッドT細胞はTCRを主力とすることで、CARの短所である副作用の低減が期待できます。したがって、このハイブリッドT細胞の開発研究は、副作用の少ない、効果的な治療法につながることが期待されます。

マイクロウェルチップにヒトのリンパ球を播種し、抗原で刺激し、サイトカインを産生させる。サイトカインを産生した細胞を1個1個を回収し、抗体遺伝子を取得し、発現ベクターを作製する。作製した発現ベクターを用いて抗体を生成し、抗原特異性を評価する。これを7日間で行うことができる。

ヒトの末梢血リンパ球やがん患者の腫瘍浸潤リンパ球からT細胞を単一細胞ソーティングし、TCR遺伝子を増幅させ、TCR発現ベクターを作製する。作製したTCR発現レトロウイルスベクターを用いて、TCR陰性のT細胞株にTCRを発現させ、特異性を評価する。これを10日間で行うことができる。
