本課題では、誰にでも投与できる汎用性が高いT細胞製剤を作製することを目指します。T 細胞製剤はいろいろな疾患に使うことが可能ですが、最初のゴールとしてはがん治療の領域で使いたいと考えています(図1)。そのようなT細胞の材料として、まず汎用性の高い多能性幹細胞(ES細胞あるいはiPS細胞)を作製します。
患者のT細胞を取り出して遺伝子改変を加えてから患者に戻す方法は、ある種のがんに有効です。しかし、そのような自家移植法は、高価、時間がかかるなどの問題がありました。私達は、この問題を解決するために、他家移植用の再生T細胞の量産技術に取り組んできました。
2013年に、T細胞からiPS細胞を作製して、そのiPS細胞からT細胞を再生する事に成功しました(T-iPS細胞法)(図1)。さらにその後、iPS細胞にT細胞レセプター(TCR)遺伝子を発現させて、そのiPS細胞からT細胞を再生させる方法を開発しました(TCR-iPS細胞法)(図2)。この方法の場合は、土台となるiPS細胞はT細胞由来である必要がなく、ES細胞も使えます。
さて、ではどのようなiPS/ES細胞を土台にするべきでしょうか。他家移植では、HLA型(白血球の血液型)が一致しないと、移植細胞は拒絶されます。現在、再生医療界では、父/母由来HLAのセットが同一であるiPS細胞をバンク化する事業が進められています(iPS細胞ストック事業)。このようなiPS細胞から再生した細胞や組織を、同じセットを片方だけ持っている患者へ移植した時、免疫反応が起きにくいと期待できます。しかし、この方法では、10種類用意しても日本人の50%しかカバーできません。また、私達の研究で、この方法では一部の移植例でNK細胞による拒絶が起こりうる事がわかりました(2017年)。
そこで、本課題で私達は、1種類つくれば誰にでも移植できる汎用性の高いT細胞製剤の開発に取り組みます。そのために、汎用性の高い材料細胞をまず作製します。HLAを欠失させる事を基本として、さらにその場合でも起こりうる免疫反応を抑える技術を確立します。材料細胞としてはES細胞を主に用いますが、iPS細胞も使います。
HLAを欠失させると、ウイルス感染や細菌感染を起こしやすくなるという問題も生じます。本課題では、この問題にも取り組みます。
私達は、この研究課題が始まる少し前に、iPS/ES細胞にTCR遺伝子を簡便にしかも安全に導入するための方法を開発しました(図4)。まずカセットデッキのような構造をiPS/ES細胞に導入しておき、そこにTCR遺伝子をカセットテープのように挿入するという方法です。本課題では、この方法をさらに発展させる計画です。
再生したT細胞の機能を評価する方法としては、免疫不全マウスにヒトのがん組織を移植する系(患者腫瘍組織異種移植モデル:PDXモデル)を用います。私たちの再生T細胞は、患者の白血球に攻撃されないことも重要です。そこで、患者の白血球も同時に移植したPDXモデルを構築しようと考えています。
これらの個別課題の開発研究を、複数の研究機関と共同で進めます(図5)。研究体制としては、京大の他に、大阪大学、滋賀医科大学、理研が含まれます。