抗体医薬はCD20やHER2を標的としてがん治療に実用化されてきましたが、固形がんを標的とする場合には二つの大きな課題が存在します。一つは、naked抗体だけでは抗腫瘍効果が小さいという課題です。国外製薬企業を中心に抗体薬物複合体(ADC)やキメラ型抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法などの抗腫瘍効果の高いモダリティが盛んに開発され、国内外の研究機関ではヒト抗体作製技術や抗体の小分子化等の最適化研究の競争が激化しています。もう一つは、悪性中皮腫や膵がんなどの難治性がんに対して、未だに有効な抗体を取得できていないとの課題です。がん細胞だけに高発現する標的分子が枯渇した現状を踏まえ、安全性を確認済みの既存標的に対して抗腫瘍効果のより高い抗体医薬やモダリティの創製が世界的に進められていますが、正常組織への副作用があり、抜本的な解決は期待できません。
我々は、平成30年度まで実施したAMED革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業において、乳がんや肺がんを対象にがん組織にのみ結合するがん特異的抗体の作製技術を独自開発し、合計16件の医薬候補品や診断薬などを複数の企業に導出してきました。現在、それらのシーズの臨床試験に向けた準備も進めています。本課題では、難治性がんに対する副作用のない抗体医薬開発を最重要課題とし、難治性がんの新規標的に対するがん特異的抗体創製のための基盤技術開発を行っています。
具体的には、難治性がんの特異的糖鎖を発現するがん細胞株を複数樹立し、さらに新規タグシステムを確立することで、がん特異的作製技術(CasMab法)を著しく発展させます。正常組織に大量に発現しているような膜タンパク質に対しても、翻訳後修飾の差を利用して難治性がん特異的抗体の作製を行います。
また、AMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(糖鎖利用による革新的創薬技術開発)で開発中の抗糖ペプチド抗体作製技術(GpMab法)や、AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)事業で開発中の細胞基盤免疫法(CBIS法)を組み合わせ、難治性がん特異的抗体創製基盤技術の最適化および飛躍的迅速化、さらにノウハウやシーズの企業導出を実現していきます。
世界で開発が盛んなADCやCAR-Tに最適かつ安全に使用できるがん特異的抗体を開発し、企業導出のみならず企業との融合的共同開発を実現させ、難治性がん撲滅を目指した先端的抗体医薬のための複合的基盤技術開発が最終目標です。

がん細胞と正常細胞には、同一の糖タンパク質が発現している。Glycoprotein-Xを精製し、その違いを質量分析計で分析すると、Glycan-Bのような糖鎖付加の違いが見つかり、がん特異的糖鎖のように見える。しかし、Glycan-Bが、がん細胞と正常細胞の両方のGlycoprotein-Yに付加されていると、細胞単位で見るとGlycan-Bはがん特異的ではない。我々が開発するCasMabは、糖鎖などが付加することによって起こる膜タンパク質の構造変化を認識する抗体である。

FCMにおいて、Non-CasMabのLpMab-17は正常細胞に反応するのに対し、CasMabのLpMab-23は正常細胞には反応しない(左図)。口腔がん組織に対するIHCにおいて、CasMabもNon-CasMabも、がん細胞に対して反応性を示す(右上図、中段)。一方、Non-CasMabはリンパ管に反応するが、CasMabはリンパ管には反応しない(右上図、下段、矢印)。CasMabのエピトープ解析結果を右下図に示す。

