近年、免疫チェックポイント阻害剤を用いたがん免疫療法の著しい成果により、免疫応答を利用した治療の可能性が期待されています。一方で、これらは免疫のブレーキを外し、免疫系を”非特異的”に増強するため、その副作用として自己免疫疾患や内分泌機能異常などが発症し問題となっています。このため”がん特異的”に免疫を増強する新たな薬剤の開発が求められています。一方、多くの自己免疫疾患ではステロイドや免疫抑制剤を用いる治療が行われていますが、これらは免疫系全体を”非特異的”に抑制するため、日和見感染などの副作用が発症します。よって、自己反応性の細胞を”特異的”に抑制する方法の開発が求められています。以上の様に、免疫の特徴である”特異性”を活かした薬剤の開発により、これまでにない革新的な治療法の開発がもたらされると期待されていますが、未だに達成されていません。そこで私たちは、エクソソームという細胞外小胞を人工的に改変することで、この”特異性”を付加した革新的免疫制御薬の開発を行います。
エクソソームはほとんどの細胞が分泌する直径30-100nm前後の細胞外小胞で、分泌細胞由来の蛋白質や脂質・RNAなどを運ぶことで、様々な機能を制御する新たな細胞間情報伝達媒体として注目されています(図1)。特に免疫細胞が分泌するエクソソーム上には、免疫系を活性化する分子(抗原-MHC複合体など)が、逆にがん細胞が分泌するエクソソーム上には、免疫系を抑制する分子(Fas-LやPD-L1など)が発現しており、これらの免疫制御分子を介して免疫応答やがん進展の制御など種々の生命現象に関与することが明らかとなっています。このことから現在、エクソソームを標的にした、もしくはエクソソームそのものを用いた創薬が大きく期待されています。
中でも近年、エクソソーム上に発現しているマーカー分子であるテトラスパニン(CD9、CD63、CD81など)とのキメラ分子を作製することで、目的のタンパク質を自在にエクソソーム上に発現させることが可能となっている為、私たちは様々な免疫制御分子とテトラスパニンとのキメラ分子を作製してエクソソーム上に発現させることで、免疫系を制御する人工エクソソームの開発を進めています。そこで本研究では、この技術を応用してエクソソーム上に「複数の免疫制御分子を同時に発現」させる技術を開発することで、個々の単純な併用では実現することのできない「革新的な免疫制御法の実現」を目指します。すなわち、免疫細胞の効率的な活性化には、複数の免疫制御分子によるシグナルが同時に入る必要がありますが、従来の免疫制御法では、これらが生体内で分散してしまいます(図2)。その結果、目的の免疫細胞を効率的に活性化できないばかりか、目的外の免疫細胞をも”非特異的”に活性化してしまい、様々な副作用が引き起こされてしまいます。一方、本技術では、エクソソームを介して生体内で複数の免疫制御分子を同時に運んで同じ場で使うことで、個々の免疫制御分子の単純な併用では見られない相乗効果により、目的の免疫細胞のみを”特異的”に活性化させることが可能となります。
私たちは、このように免疫制御機能を高めた人工エクソソームの開発を進めることで、これまでの技術では不可能であった「がん細胞のみを特異的に攻撃する免疫細胞」や「自己免疫疾患・アレルギーのみを特異的に抑制する免疫細胞」などを人工エクソソームを用いて患者の体内に効率的に作り出す革新的な免疫制御法の開発を行ってゆきます。このことにより、これらの疾患に対して効率的かつ副作用の少ない治療法の開発を目指してゆきます。

エクソソームには様々な免疫制御分子が載っていますが、中でもテトラスパニンはエクソソームの表面マーカーとして知られています。テトラスパニンとのキメラ分子を作製することで、目的のタンパク質をエクソソーム上に自在に発現されることが可能となっています。

エクソソーム上に複数の免疫制御分子(Signal1,2,3)を同時に発現させる技術を開発することで、個々の単純な併用では実現することのできない革新的な免疫制御法の実現(この場合は、オレンジ色のT細胞のみを特異的に活性化させる)を目指します。
